採集帖

本を読みながら考えたこと、など。

8月23日(日)曇りのち晴れ

休み。今日もまあ暑い。

文具を見て、日常の買い物。
職場のボールペンの替え芯、自分用に付箋を買う。

個人的にボールペンの書き心地にこだわっていて、どうでもいい感じのボールペンで書いてみたらインクが途中から出なくなったり、妙にダマになって出たり、書いた文字がどう見ても必要以上に下手に見えるのが本当に嫌いなので、職場のペンにもいつも目を光らせている(ペン警察、とでも言おうか)。ささやかかもしれないけど、ペンひとつでモチベーションが上がるってところ、ある。「これがホント、書き心地がいいんですよ〜」と勝手に持ち込んだペンが何本かあり(ジェットストリームの0.5&0.38、PILOTのAcro300、ZEBLAのブレン)そのうち何本かが書けなくなっていたのでその替え芯を買ったのだ。これでしばらくは安泰なはず。

☆パイロット/PILOT/Acro300 アクロ300 なめらか油性ボールペン!5本セット☆
↑はAcro300(参考まで)。こうやって並んでると可愛いのだ。

今週は比較的時間があるので、その日にやることをざっくりと考えていた。あとは、これからどうやって生きていこうかなということ。福祉の仕事を始める、特定分野の勉強をする、とか、まあいくつかやりたいことがある。何歳まで生きるかわからないけど「歳もそこそことったし、もう今のまま、現状維持でいいじゃーん」とはとても思えないし、自分の性格からして、そんな日が来るとも全く思えない。なんと言ったらいいかわからないけど、そう、いつだって不安、自信はない。だからこそ、新しいことをどんどん始めたい(始めたことを続けるか続けないかは、また別の問題と考えている)。
前から気になっていた東京通信大学で勉強を始めるとか?と思ったが、自分が学びたいことはむしろ放送大学にあるのかも?と、資料を取り寄せてみることにした。
自分が興味あることを好きに学べることは、この年齢になったからこそできることかもしれない。そう思うと、歳をとるのも悪くない。
できることから少しずつ始めて、充実した秋にしたいなあ…と、大好きな季節、秋を前にちょっと胸がふくらむ。

8月22日(土)晴れ、夜に雷と豪雨

お昼から仕事。仕事帰り、呼んで頂いた、ちいさな集まりへ。
正直、人との距離感を忘れてしまっているので、勝手知ったる顔ぶれとはいっても、入っていくのに少し勇気がいった。少人数の集まりに参加したのが半年ぶりくらいだったので「あぁ、こんな感じだったか」とあらためて実感する。時間の経過とともに、少しずつ娑婆の空気に馴染んできた感(笑)。そして、フェイスブックでもこのブログの更新を知らせているので「ブログ、読んでますよ」と言ってくれる方がいて舞い上がる。いやー、ありがたいし励みになります。
みんなの近況を聞きながら、美味しいお酒とごはんを頂く。こういう風景が当たり前にあったコロナ前を思う。

仕事上、もし自分がコロナに感染したら職場に大きな影響が出ることが考えられるので、人と会うことにかなり消極的になっていた。未だにその気持ちは変わらないけど、もう少しだけ、会いたい人にはこちらから連絡してみてもいいのかもしれない。呼んで頂いたことがうれしかった、今日の自分なので。

楽しい時間はあっという間。バリバリという雷の音を聞きながら、電車に乗って帰った。
家に着いて少ししたら、ものすごい雨が降り出した。

8月21日(金)晴れ

朝から仕事。
昼に上がり、地面からの照り返しにおびえながら駅まで。全く暑い。某所の古本市に行こうかと思うも、どうも足がそちら側に向かわず。反対方向の電車に乗り込み、世界堂アンデルセン、紀ノ国屋に立ち寄り帰宅。ロフトにも用があったけど、なんだか行けない。遅い昼ごはんは、紀ノ国屋のエビカツサンド(ちいさくて、とても上品)とよつばミルクコーヒー。

読んでいた本はこちら。

どうして、もっと怒らないの?:生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる

『どうして、もっと怒らないの? 生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる』荒井裕樹(現代書館)。
怒らないで生きてきちゃった自分。結構最近までいわゆる“人権”てものを全く意識してなかったし、例えば何か、カチンとくるようなことを言われても「それは違うー!」と自己主張するのにためらいがあった。この本は、違うことは違うとはっきり主張して自由を勝ち取ってきた方たちの記録だ。対談集なので、より理解しやすい。

本を読みながら、昼寝ならぬ夕寝。よく寝た。スッキリ。
夕ごはんは冷やし中華。きゅうりもトマトもいっぱいあるので、消費するにはちょうどいいメニュー(おまけに大好物)。

夜、ここまで人と会わない時ってなかったなーと思う。自分にとって、人と会って喋ってごはんを食べる時間はかなり重要だった。だから会いたい気持ちはあるんだけど、いざとなると躊躇する気持ちが先に立つ。わたしってやつは、しゃべらなきゃしゃべらないで大丈夫だったりもするのだ。あー、コロナ前の世界に戻ってほしいけど、そうもいかないんだろうなということもどこかでわかっている。
だから、本に頼ってしまうんだろうな。本ひとつでどんな世界にも行けるし、そこで考えている分には世間とは分離されているから。

8月20日(木)晴れ

1日仕事。

今の状況に満足してない感がムクムクと。
「ま〜た始まった」という想いと、「それでこそ、自分」という気持ちと。
わたしという人間は、この繰り返しで一生を終わるんだろうな。

 

手帳会議2021 ①

この季節になると手帳のことが気になってたまらなくなるくらいには手帳が好きだ。
(そうは言っても、1年中、手帳の動向を見守ってるようなところがあるが。)
2020年はあと4ヶ月もあるのだが、すでに2021年の手帳について考え始めてしまっている。
それもそのはず、ほぼ日手帳が2021年の手帳ラインナップを発表したからである。毎年、わかっていても糸井重里に踊らされるのだ。あぁなんだかくやしい。手帳好きの性、ついついサイトをのぞいてしまったが、今のところ、新しいカバーは自分には必要ない(と、きっぱり書いておこう)。

現時点で考える、2021年の手帳は
ほぼ日手帳オリジナル(A6版)…月の予定、日ごとのメモ(ブログに書くネタの備忘も兼ねる)
測量野帳…ほぼ日に収まらないこと(気がついたこと、なんでも)

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でいこうかと思っている。↑こんな感じ。
今使っているほぼ日手帳(画像左)はスプリングバージョンで来年3月まで使える仕様のため、このままいく(つまり、年明けまで手帳本体も買わないということ)。
野帳(画像右)は友人に頂いたもの*1、自分で買ったものと手元に2冊あるのでまずはそれを使ってみて、順調に使っていけそうなら野鳥の会のもの(これも可愛い)や展示会のオリジナルものなど、通常版でないものを買い足して使っていくことにする(飽きっぽいわたしには、この感じがいい感じ)。

このサイト↑を見ると、妙なカスタマイズ欲が疼いてしまうのだけど、それは置いておいて。野帳を使いたい欲がずっとあったのだが、何せハードカバーというものが自分にはしっくり来ない(立って書くことはほとんどない)ため、ずっと見送ってきた。が、フリーのノートとして使うにはいいのかもと思い始めた。きれいに書かなくていい、殴り書きでいいノート。気がついた時にサッと出して書けるコンパクトなノート。となると、野帳を使わない手はないんじゃないかと思い始めた。

過去にはカ・クリエを使っていたこともある。こちらは野帳より大きい。その大きさが絶妙で、いわゆる帳面より横の幅がないので気楽に使える。いろんな色の表紙があるところも好きだった。殴り書きというより、落ち着いてじっくり書き込みたくなる仕様。

手帳に求めるものや仕事のスタイルなどによって、手帳の選択は変わってくるものだ。どうもそのあたりがいつもブレブレのため、1年を通して同じ手帳を使い続けられたためしがない…のだが、もうそれが自分なのだから、仕方のないことだと潔くあきらめることにした。
自分にとっての優先順位は、スムーズに記録の振り返りができることよりも、その時々に違和感なく使える手帳とメモ、なのだと思う。

そんなこんなで、手帳会議は続くのであった(不定期更新)。

*1:2018年、国立博物館での「縄文ー1万年の美の鼓動」のお土産。この表紙は国宝をデザインしたものらしい。脱力しちゃう可愛さ。裏表紙には「JOMON」の文字入り。

8月19日(水)晴れ

水曜日は基本的に自分の定休日。


フジファブリック (Fujifabric) - 若者のすべて(Wakamono No Subete)

真夏のピークが去ったかは知らないけど、毎年この季節はこの曲を聴くのが習わし。志村よ、なぜ死んでしまったのか(と、どうしたって思ってしまう)。

午前中、義母から野菜が届く。最近送ってくる頻度が増えて、半端ない。まあありがたくはあるのだけど。もごもご。

午後は録画しておいたNHKの番組“趣味どきっ!”の建築家の中村好文さんの回を見る。仕事のメンバーでお昼ごはんを作り、一緒に食べる時間を大切にしているというのはたしか西村佳晢さんの本で読んだことがあり、それを今回見られたのがうれしい。料理したり、お皿を拭いたりしながら話をするっていいなあ。リラックスして、普段できないような話ができる、みたいなことを番組の中でも話されていた。流しの幅に合わせて作られたお手製まな板など、キッチンのちいさな工夫も楽しい。

その後は友だちに借りたここは、おしまいの地をソファに寝転がって一気読み。笑いつつ、時に涙ぐみながら、あれよあれよという間に読んでしまった。なんだかすごいものを読ませてもらった感。気持ちがふさぎ気味だったけど、どんな人生だっていいんだ、と背中を押してもらったような。

夕ごはんは野菜の消費に励み、なすの田舎煮、ゴーヤチャンプル。暑すぎて、これ以上作れる気がしなくなった。一品増やそうと、昨日作っておいた旨きゅうりを冷蔵庫のタッパーから動員した。
どうも料理っていうものに情熱を注げない。作りたい時に作るのは楽しいけど、作りたくない時に「作らねば」という気持ちで料理するのが本当に嫌いだなあ。結婚した直後から、夕方になるとさめざめと泣いたり、何かわからないけれどプレッシャーがあったのは、「(ごはんを)作らねば」という気持ちがそうさせていたのだろう。女という性である以上、こういうことを言ってはいけないと思っていたけど、本当はこういう気持ちでいるし、言っていかないと何も変わらないから言うことにするよ。思えば、27年間近くもそんな気持ちを封印していたことになる…。苦しかったな。ようやく言えた。

8月18日(火)晴れ

「あー、そうだ、聴かなくちゃ」と、“マムアンちゃん”のイラストで有名なウィスット・ポンニミットさん(通称タムくん)が日曜日、J-WAVEのラジオ“UR LIFESTYLE COLLEGE”(DJは吉岡里帆)に出ていたのを思い出し、タイムフリーで聴く。タムくんのしゃべりはのんびりほんわか。可愛らしい。「タムくんにとってのおしゃれって?」という問いに「洋服の形とか関係ない。清潔ならおしゃれだよー」。うーん、真理である。思わずうなった。ドス黒い我がこころが少し清められた気がする。

午前中のうちに、図書館へ。

予約してた『山とそば』ほしよりこ新潮文庫(図書館の所有は、文庫ではなく単行本バージョンのみ)を受け取る。

山とそば(新潮文庫)

前にも借りたことがあるけれど、急に思い出して読みたくなった。ほしさんによる、旅の絵日記。この中の「ヘビに巻かれて」という章が山口県岩国にある白蛇観覧所を訪れた時の記録なのだが、蛇が大嫌いな自分(ゾゾ〜ッとして、生理的に受け付けない)にはインパクトがあり過ぎて忘れられなかった。ほしさんの手にかかると、怖くて気持ちわるい蛇もぽわんと可愛く思えるぅぅ(えんぴつ画マジック!)。
図書館のテラスで日を浴びながらしばし読み(これがなかなか気持ちいい)、家に帰って来て続きを一気に読んだ。最初の章にある長野県の松本には、コロナが落ち着いたら必ず行く!と今から息巻いている。

他にも何冊か気になっている本があり、手に取って、パラパラと眺める。まだ借りない本たち。

石井好子のヨーロッパ家庭料理

石井好子のヨーロッパ家庭料理

  • 作者:石井 好子
  • 発売日: 2012/08/17
  • メディア: 単行本
 
原民喜 死と愛と孤独の肖像 (岩波新書)

原民喜 死と愛と孤独の肖像 (岩波新書)

 
エリック・ホッファー自伝―構想された真実
 


夕方から仕事。仕事中、6時半にすでに暗くなっていて、日が暮れるのが早くなったなと実感。
帰ってきてから、ポストに届いていた本を読む。

石井好子 追悼総特集 シャンソンとオムレツとエッセイと (文藝別冊)

いつも行く大きい本屋になかったので、ネットで購入したもの(自分としては珍しい)。
高橋みどりさんと高山なおみさんの対談なんて載ってる〜! とうれしく読む。が、自分にとっての真骨頂は、石井さんの、他者に対するエスプリの効いた文章なのではと思う。言いにくいことをさらりと書いているのもいい。大らかさと気取りのなさに憧れる。